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東京高等裁判所 平成5年(ネ)4379号 判決

東京都中野区中野六丁目一四番一四号

(送達場所 東京都渋谷区桜丘町二四番四号)

控訴人

北辰工業株式会社

右代表者代表取締役

北中克巳

東京都北区東十条三丁目三番一-九一五号

被控訴人

株式会社エイチ・ビープラニング

右代表者代表取締役

高橋保昌

右訴訟代理人弁護士

雨宮定直

吉田和彦

主文

本件控訴を棄却する。

上告費用及び差戻しの前後を通じての控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた判決(上告審判決により確定した差止め請求に関する部分を除く。)

一  控訴人

原判決中、金員支払請求に関する部分を取り消す。

被控訴人は、控訴人に対し、金五六〇万円及びこれに対する昭和五六年一〇月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、第一ないし第三審を通じ、すべて被控訴人の負担とする。

仮執行の宣言

二  被控訴人

主文と同旨

第二  当事者の主張

左記のとおり付加するほか、原判決事実摘示の「第二 当事者の主張」記載のとおりであるから、差止め請求のみに関する部分を除き、これを引用する。

ただし、原判決三頁一〇行目から四頁一行目までの「別紙目録(二)記載の北辰式掘削装置と呼ばれるアンカー付掘削装置(以下「北辰式掘削装置」又は「本件装置」という。)を、「本判決添付別紙本訴対象物件目録記載の北辰式掘削装置と呼ばれるアンカー付揺動圧入式掘削装置(以下「北辰式掘削装置」という。)と、五頁七行目から八行目にかけての「三〇〇〇万円」を「二八〇〇万円」と、九頁五行目の「六〇〇万円」を「五六〇万円」と、それぞれ改め、同七行目の「事例が、」の後に「昭和五五年六月以降」を加える。

一一頁八行目の「六〇〇万円」を「五六〇万円」と、一二頁二行目の「本件装置」を「北辰式掘削装置」と、それぞれ改め、同六行目の「認める。」の後に「ただし、契約の対象物件については争う。」を加え、同七行目の「本件装置」を「控訴人のいう北辰式掘削装置の一種である原判決添付別紙目録(二)記載の装置(以下「本件装置」という。)」と改める。

三〇頁四行目の「その期間は、」の後に「本件契約成立後三年ないし五年の間、あるいは、」を加える。

一  被控訴人

1  上告審判決において、「・・・特段の事情の認められない本件においては、本願発明(注、控訴人代表者が、掘削装置につき、昭和四七年一〇月一四日にした特許出願に係る発明)につき、出願の過程で明細書の特許請求の範囲が補正された結果、特許請求の範囲が減縮された場合には、これに伴って本件契約によって被上告人以外に納入販売しないという義務の対象となる装置もその範囲のものになると解するのが相当である。・・・そこで、後記の部分(注、差止めを求める部分)を除き、更に審理判断させるため、本件を原審に差し戻すのが相当である。」と判示された。

上告審判決の右判示によれば、被控訴人が、昭和五五年四月ころ、訴外株式会社茄子川組(訴外会社)のため製造し、同社に販売した原判決添付別紙目録(一)記載の装置(以下「被告装置」という。)等が本件契約による控訴人以外に納入販売しないという義務の対象の範囲に含まれるか否かは、同装置が、本願発明につき、出願の過程で補正により減縮された特許請求の範囲の記載に基づく技術的範囲、すなわち、控訴人代表者の特許第九九六六五五号に係る発明(以下「本件発明」という。)の技術的範囲に属するか否かにより、判断されるべきことになる。

2  ところが、被告装置と本件発明とを比較すると、前者が後者の技術的範囲に属さないことは、明らかである。

(一) 本件発明の特許請求の範囲の記載は、以下のとおりである。

「基体の最先方にケーシングチューブを挟持するチヤツクを設け、該チヤツクに挟持されたケーシングチューブを圧入ならびに該チューブの中心軸を中心として左右に往復回動を与える装置をチヤツク付近に設け、更に掘削時の全装置の上下振動ならびに横振れを防止するため上記チヤツクの後方にインゴツトを取脱し自在に取着け、基体のその後方後尾に上記往復回動に際して強力な側圧を土壌から受けるアンカーを基体の下方に突設した掘削装置。」

右によれば、本件発明は、以下のとおり分説することができる。

〈1〉 基体の最先方にケーシングチューブを挟持するチャックを設けたこと。

〈2〉 右チャックに挟持されたケーシングチューブを圧入し、かつこのチューブの中心軸を中心として左右に往復回動を与える装置をチャック付近に設けたこと。

〈3〉 掘削時の全装置の上下振動並びに横振れを防止するため前記チャックの後方にインゴットを取り外し自在に取り付けたこと。

〈4〉 基体の後方後尾に前記往復回動に際して強力な側圧を土壌から受けるアンカーを基体の下方に突設したこと。

〈5〉 掘削装置であること。

(二) 他方、被告装置が原判決添付別紙目録(一)記載のとおりのものであることは、控訴人自身の主張するところである。

これは、本件発明の前記構成要件に対応して、次のように分説することができる。

A 基体の最先方にケーシングチューブを挟持するチャックを設けたこと。

B 右チャックに挟持されたケーシングチューブを圧入し、かつこのチューブの中心軸を中心として左右に往復回動を与える装置をチャック付近に設けたこと。

C 掘削時の全装置の上下振動並びに横振れを防止するため、前記チャックの両側にインゴットを取外し自在に取り付けたこと。

D 基体の後方後尾に前記往復回動に際して強力な側圧を土壌から受けるアンカーを基体の下方に突設したこと。

E 掘削装置であること。

(三) 右に示された本件発明と被告装置を比較した場合、後者のA、B、D、及びEの構成要件が、前者の〈1〉、〈2〉、〈4〉及び〈5〉の構成要件と同一であることは明らかであるが、後者のCは、インゴットをチャックの両側に取り付けたものであるから、チャックの後方にインゴットを取り付けた前者の〈3〉の構成要件を充足していない。

したがって、被告装置は、本件発明の技術的範囲に属さないものといわなければならない。

(四) 控訴人は、本件発明の前記構成〈4〉によりアンカー装着という技術手段を採用するならば、インゴットを縦方向に配置しても横方向に配置しても、それほどの影響があるわけではない旨主張する。

しかし、本件発明の明細書の記載、特に、その発明の詳細な説明の欄における「本発明は上記アンカーとインゴツトとの併用とその適切な配置により全装置を軽量小型化することができ、従つて壁際に接近し、また2つの壁によつて形成された隅角部の奥に突入して杭打孔を掘削することを可能としたのである。」(乙第八号証添付特許公報二欄一六ないし二〇行。「枕打孔」は「杭打孔」の誤記と認められる。)、「本装置は全体が小型であるから、チヤツク9を壁面に接近せしめ、また2壁面で形成される隅角部の奥深くへ突入せしむることが可能である」(同三欄二四ないし二六行)及び「この発明によればチヤツク9を壁面に接触させる程度極端に壁面に接近させることができる。」(同三欄三一、三二行)との各記載によれば、本件発明が右記載のとおりの作用効果を奏することをその目的の一つとしていることは明らかであり、この作用効果は、前記〈3〉及び〈4〉の各構成が相まって、インゴットとアンカーを基体内にチャックとほとんど一列に配置し、装置全体の横幅を小さくすることにより得られるものであるから、右〈3〉の要件は、〈4〉の要件とともに、本件発明にとって重要な要件であるといわなければならない。

被告装置では、前記Cの構成要件により、インゴットがチャックの両側に取り付けられているため、このような作用効果は得られず、このように本件発明の重要な要件の一つを欠く被告装置が本件発明の技術的範囲に属さないことは明らかである。

また、控訴人は、被告装置においても、インゴットをチャックの後方に配置することも可能な構造になっており、現に、訴外会社の工事現場においては、インゴットをチャックの後方に載架して使用している旨主張する。

しかし、原判決添付別紙目録(一)記載の説明と図面によれば、インゴットはチャックの両側に取り付ける構造になっており、チャックの後方に取り付ける構造になっていないことは明らかであるから、控訴人の主張は失当である。

3  以上のとおりであるから、被告装置は、本件契約により被控訴人に課せられた、控訴人以外の者には納入販売しないという義務の対象にならず、控訴人に被控訴人の対する損害賠償請求は理由がない。

二  控訴人

被控訴人の主張は争う。被告装置は本件発明の技術的範囲に十分属している。

第三  証拠

原審及び差戻し前当審の記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

第四  当裁判所の判断

一  控訴人が本訴損害賠償請求の根拠として主張する控訴人と被控訴人との間の契約(本件契約)によって被控訴人に課せられた、控訴人以外に納入販売しないという義務の対象となる装置につき、上告審判決において、「・・・本件契約は、本願発明(注、控訴人代表者が、掘削装置につき、昭和四七年一〇月一四日にした特許出願に係る発明)につき特許出願がされて将来特許権として独占権が与えられることを前提として、このような発明としての本願発明の実施に当たる装置を対象として締結されたものと解すべきである。」とされたうえ、「・・・特段の事情の認められない本件においては、本願発明につき、出願の過程で明細書の特許請求の範囲が補正された結果、特許請求の範囲が減縮された場合には、これに伴って本件契約によって被上告人以外に納入販売しないという義務の対象となる装置もその範囲のものになると解するのが相当である。・・・そこで、後記の部分(注、差止めを求める部分)を除き、更に審理判断させるため、本件を原審に差し戻すのが相当である。」と判示された。

そして、控訴人代表者が、掘削装置につき、昭和四七年一〇月一四日にした同年特許願第一〇三〇四八号に係る発明(本願発明)については、出願の過程で、昭和五二年一一月二一日付け手続補正書をもって明細書の特許請求の範囲を減縮する旨の補正がされ、昭和五四年一〇月一八日、この補正された内容で出願公告され、昭和五五年五月二〇日、特許第九九六六五五号として設定登録されたのであるから(原本の存在・成立に争いのない乙第一ないし第四号証、成立に争いのない甲第一三号証の四の一・二)、上告審判決の右判示によれば、右補正により特許請求の範囲が減縮された後の昭和五五年春ころ、被控訴人が、訴外会社のため製造し、同社に販売した原判決添付別紙目録(一)記載の装置(被告装置)及びそのころ以降被控訴人が他の業者に販売しあるいはリースしたと控訴人が主張する被告装置が、本件契約による控訴人以外に納入販売しないという義務の対象の範囲に含まれるか否かは、同装置が、右補正により減縮された特許請求の範囲の記載に基づく技術的範囲、すなわち、右特許に係る本件発明の技術的範囲に属するか否かにより判断されるべきことになる。

二  被告装置と本件発明とを対比した場合、前者が後者の技術的範囲に属するといえないことは、明らかといわなければならない。

1  本件発明は、インゴットをチャックの後方に、アンカーを基体の後方後尾に配置した構成のものと解され、右の配置と異なる配置で基体にインゴット、アンカーを取り付けた掘削装置は、本件発明の技術的範囲に含まれないものといわなければならない。その理由は、原判決三八頁七行目から四四頁六行目まで(四二頁三行目の「前示」から同六行目の「認められるところ」までを「以上の事実によれば」と改める。)のとおりであるから、これを引用する。

2  被告装置が、本件発明の特許請求の範囲に記載された「チャツクの後方にインゴツトを取脱し自在に取着け」た構成のものと認めることはできない。その理由は、その末尾に行を変えて以下のとおり付加するほか、原判決四五頁四行目から四七頁末行(四六頁二行目から七行目までを除く。)のとおりであるから、これを引用する。

「さらに、原判決添付別紙目録(一)記載の被告装置の図面並びに前掲甲第六号証の三ないし六及び甲第二三号証の被告装置の写真によれば、被告装置においては、アンカーを突設する基体後尾とチャックとの間にインゴットを載置すべき場所を設けた構造になっていないことが、また、成立に争いのない甲第一九、第二〇号証及び乙第二八号証によれば、被控訴人及び訴外会社が作成した被告装置のカタログには、インゴットはチャックの側方に取り付けるように記載されており、チャックの後方に取り付けることが可能である旨の記載は全く存在しないことが、それぞれ認められ、これらの事実からすれば、被告装置は、インゴットの配置場所をチャックの側方とする横造のものとして製造されており、これをチャックの後方とするものとしては製造されていないということができる。そして、本件発明につき特許が成立するまでの前記認定の経緯に照らすときは、補正後の特許請求の範囲の「チヤツクの後方にインゴツトを取脱し自在に取着け」たものとして本件発明の技術的範囲に属するのは、インゴットの配置場所と明らかに認められるものをチャックの後方に設けた構造のものに限られると見るのが相当であるから、このような構造になっていないものは、本件発明の技術的範囲に属さず、したがって、たとい、その装置が、購入者により、その構造の予定しないインゴットをチャックの後方に載架する方法で使用されることがあるとしても、その装置の製造販売行為が本件行為により禁止された行為に該当するということはできない。

もっとも、インゴットの配置場所をチャックの側方とする構造のものとして製造されており、これをチャックの後方とするものとしては製造されていないときであっても、当初から、その構造に従った使用を主とすることを予定せず、インゴットをチャックの後方に載架することを予定して製造されているとの事実があれば、別異に解する余地もあろうが、本件全証拠によっても右事実を認めることはできない。」

三  以上によれば、被告装置が、本件契約により控訴人以外に納入販売しないという義務の対象とされた装置の範囲に含まれるといえないことは明らかであるから、これが含まれることを前提とする控訴人の被控訴人に対する本訴損害賠償請求に理由がないことは、その余につき判断するまでもなく、明らかである。

よって、原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 木本洋子)

別紙本訴対象物件目録

一 目的機能の説明

本訴対象物件はアンカーつき揺動圧入式掘削装置であつて、ケーシングチユーブの圧力と引き抜きを強力化するためのものであり、この装置によつて、ケーシングチユーブを地中に揺動圧入し、圧入したケーシングチユーブ内の土砂礫を掘り出して、ケーシングチユーブ内を空間とし、この空間に鉄筋篭を押入し、生コンクリートを打設しながらケーシングチユーブを揺動引き抜きにより、場所打ち杭という基礎杭を構築するものである。

二 構成の説明

本訴対象物件であるアンカーつき揺動圧入式掘削装置は次の構成から成る。

1 ケーシングチユーブ鋏持オイルジヤツキ

2 圧入引き抜きオイルジヤツキ

3 揺動オイルジヤツキ

4 インゴツト(重錘)

5 アンカー

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